作務衣及び甚平制作

作務衣(さむえ)や甚平(じんべい)の作り方や型紙、パターン、縫い方について書いていこうと思ってます。

甚平の作り方を調べてみる 1

甚平(じんべい)は、日本で夏の季節に着用される室内着です。甚兵衛(じんべえ)と記載されることもあります。

甚平は、元々室内着で、よそ行き用(外出用)の衣類ではなかったという説もありますが、私の周囲では近所で開催される花火大会などに着用して出かける方が多く見られますし、ショッピングモールなどでも、やはり花火大会やお祭り、盆踊り大会など、浴衣と同じようなシーンで着るような想定で売り出されていることが多々あります。家の中で着られる和服としては他に「寝間着(ねまき)」がありますが、寝間着が就寝時のみ着用されるものであるのに対し、甚平は就寝時以外を中心として着られる「くつろぎ着」です。欧米で言うところのルームウェア又はワンマイルウェアに近い扱いでしょうか。少なくともパジャマではないと思います。

基本的に、甚平は男性用や子供用の衣類ですが、近年では女性用も一部で販売されています。総合スーパーマーケットや衣料店、呉服店などで売られていますが、手間と時間をかけてでもオリジナルの甚平を縫ってみたいという方も中にはいらっしゃることでしょう。

そこで、市販の型紙を用意して自分で縫って着るときの手順の概要を調べようと思います。

洋裁に必要なもの、例えばミシン、ボビン、裁ちばさみ、縫い針、待ち針、ゴムテープ通し、チャコペン(場合によってはチャコペーパーとルーラー)、目打ちなどの裁縫用品や、採寸用のメジャー、紙切りハサミ、定規、アイロン、アイロン台、おもり(重し、文鎮など)、しつけ糸などは揃っている前提です。

型紙は、袋に入って売られているものを想定しています。実物が手元にないので、実際の手順書などは確認できておりません。もし型紙の説明文書で作業手順が指定されている場合は、基本的にそれに従って縫うことになります。

甚平に限らず、手芸店などで販売されている型紙には、普通は作り方の手順が書かれた説明書のようなものがついており、その説明文書には、必要な布地の分量や、その作品の材料としてふさわしい布地の種類、布以外に揃えるべき副資材の規格や分量なども記載されています。
布地というものは、裁断してしまったら元通りにくっつけることができず、後戻りができないので、手芸店の店頭に並んでいる大きなロールから切り分けて売ってもらった後は返品がきかないのが普通です。事前に型紙を入手し、必要な生地の種類及び分量を確認してから、収縮分や柄あわせ分も見込んで余裕を持った分量を見積もって購入する必要があります。

なお、生地(布地)分量や副資材の規格や分量は、型紙の説明書を読まずとも包装の上から開封せずに確認することができる場合がほとんどです。

手順を分析したら長くなりそうなので、続きは追って記載します。

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駅弁記念日について

7月16日は、駅弁記念日だそうです。

1885年(明治18年)7月16日、宇都宮駅(栃木県宇都宮市)周辺で旅館を経営していた白木屋が、この日開業した日本鉄道宇都宮駅で、竹の皮に包んだ握り飯2個とたくあんを、1つ5銭で売り出したことから、一般社団法人日本鉄道構内営業中央会という団体が駅弁記念日として定めたそうです。

今の貨幣価値に直すとどの位なのかな?と思って調べてみると、明治18年の米の価格が10kgで44銭、2016年の今は3,500円位?と考えると、397.7円です。コンビニエンスストアのおにぎりの価格と比較すると少し高い気もしますが、駅弁というのは現代でもコンビニエンスストアの弁当より高めなので、こんなものかもしれません。

現在、宇都宮駅前には「駅弁発祥の地 宇都宮」という大きな看板が出されているといいます。地元の駅弁業者「松廼家」が立てているものだそうです。宇都宮駅構内にも、「駅弁発祥の地 宇都宮」のフレーズのサインが見られるようです。

この駅弁(のようなもの)を販売するに至ったきっかけは、白木屋旅館に宿泊した日本鉄道重役からの薦めがあったからだそうです。
鉄道会社の幹部のお墨付きがあったおかげで、駅弁発祥の地を名乗ることができたのかもしれません。

というのも、宇都宮駅より早い時期に駅弁を売り出したという説があるのです。
1877年(明治10年)、国有鉄道(官設鉄道)の梅田駅(現JR大阪駅、大阪府大阪市北区)で売っていたという記録と、1877年(明治10年)7月、同じく官設鉄道の神戸駅(現神戸駅、兵庫県神戸市中央区)で売っていたという記録がそれぞれあるそうです。
何でも、当時の関西地方の官営鉄道は、1874年(明治7年)に開業した神戸駅-大阪駅間と、1877年(明治10年)2月6日に開業した大阪駅-京都駅(現JR京都駅、京都府京都市下京区)の区間だけだったのですが、熊本や鹿児島を中心とした地域が戦場となった西南戦争に出征する兵隊さんたちは、京都駅や大阪駅から神戸駅まで列車に乗って向かい、神戸港から九州まで船で向かったそうで、彼らに提供するために弁当を販売したようです。

他にも、1883年(明治16年)7月28日に日本鉄道の上野駅(現JR上野駅、東京都台東区)で発売したという説や、1883年(明治16年)7月に熊谷駅(現JR熊谷駅、埼玉県熊谷市)で寿司とパンを売り出したのが始まりという説、1884年(明治17年)に敦賀駅(現JR敦賀駅、福井県敦賀市)で売られたという説があるそうです。

駅弁記念日の他に、駅弁の日が定められており、4月10日だそうです。
この日になった由来は、「弁」の日を分解したら4と十(10、とう)になるから、との事。「十」はなんとなく分かる気がしますが、4はよく考え付いたな、と感心しました。

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大人の作務衣 無料型紙(パターン)、製図 リンク集

大人向けの作務衣の型紙を探したところ、以下のリンク先が見つかりました。

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作務衣(さむえ)の作り方(婦人用・紳士用・型紙)-津ミルクネット 様
http://3000en.com/?mode=f11
90cm(91cm)巾の洋服地で作る作務衣の作り方です。
男性用、女性用の両方が掲載されています。
この図をもとに型紙を起こす場合、衿のところの引き方がちょっとわかりづらいと思いました。


作務衣の作り方-作務衣館 いとう 様
http://fujizen.net/?mode=f5
男性用なのか女性用なのか記載がありませんが、後幅からみて女性用と推測します。
着物地(反物)の幅で作れるパターンになっているようです。


男性用作務衣(Mサイズ)の囲み製図-サマンサの簡単洋裁室へようこそ! 様
http://samantha.life.coocan.jp/samue-man.html
ズボンの脇線がない型紙です。
とりあえず、ウエストとファスナー部分が、初心者にとってハードルが高そうだと感じました。


作務衣の作り方-木下洋裁店 様
http://www.jttk.zaq.ne.jp/bacoa707/one%20day%20sewing%20set%20samui1%20tukurikata.html
こちらは着物地(37cm巾)で作る女性用の作務衣です。上着のウェストがボタン止めのつくりです。
パターンのつくりが普通の囲み製図と違うように思え、簡単でないと感じました。


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